なにも言わなくていいよ

 ひと月前にデパートに口紅を買いに行った。

 TUをお願いしたところ、BAさんから「顔をさわることができないので、使い捨てのリップブラシでご自身で付けていただけますか?」と言われた。やべえ。普段リップブラシを使うほど丁寧なリップメイクをしていないし、あまつさえプロの前でそれを披露するという、メイクカウンター好きの方ならわかっていただけるであろう非常に恥ずかしい局面と相成った。

 みんなコロナコロナいってるこんなときに買い物なんてやめときゃよかったかなあ、とはからずも悠長に思っていたのも覚えている。そもそもね、口紅新調したところでマスクしてるからつけてても見えないから。まあ、付けてるけどね。気に入ったから。

 しかしこんなになるとは。

 

弊社

 緊急事態宣言が出され、弊社もこの1週間でようやく重い腰をあげ在宅勤務を導入した。うちは顧客を抱えない部署なので、全員在宅にしてもよさそうなものだが、なぜかそうならない。それどころか、わたし個人でいえは週3で出社している状況だ。原因を探ったところ、リモートの回線が足りないという物理的要因と言われているが、ほんとうだろうか。嘘だと思うし、ほんとうでもたちがわるい。全国の社員数の数パーセントしかリモートの回線が使えないらしく、だとしたらとんでもなくアホほど金の使い方が間違っている。

 行き帰りの電車は全国でも上位に挙がる満員電車で有名な在来線で、以前より人は少なくなったとはいえ気持ち程度だ。管理職でもないので、わたしが出社しないと回らない仕事は雑用くらいで、しかしその雑用ができないと鬼の首をとったように紛糾されるような事態に発展するので、仕方なく出社している。給与でいえば新人や2年目とさほど変わらない。金の問題ではないが、わたしよりひと階級給与の多い先輩にはリモート環境が与えられ、それもあって出社日数が少ない。

 何故なんだろうか。独身なので家族に移すリスクがなく、罹患してしばらく休んだとしても会社にさしたる被害も与えないだろうと言われたら、それはその通りだ。しかも万が一罹患したら困ると思って、まんまといろんな仕事を急いで片付けようとしている。しかし、もしかしたら実は罹患して使えなくなるまで使い倒されようとしているだけでは? という疑念すら湧いてくる。

 しかし今般の雑で浅い対応にもはや腹も立たないほど、会社に対する忠誠心がほとんどなくなってしまった。前はもう少しあった記憶だ。あまりにおざなりにされ過ぎるので、最近ではついになにか指摘を受けても「申し訳ありません」しか出てこなくてなってしまった。これがよくないことだとはわかっているし、「そうじゃなくてさあ」と言われることもあるが、弁解したところで「さっぱりわからないけどまあいいや」と内容を理解されることなく切り捨てられるので、言ったところで無駄ということもわかっている。

 顧客を抱える部署もある以上は兼ね合いを考慮する必要があるのは理解できる。しかし、従業員を守る意思の薄い会社に対して、怒ったり反論したり訴えたりする労力すらもったいない。そんな労力があるなら、おうち時間を充実させるために使わせていただきたい。

 

#おうち時間

 ところでこの流行のハッシュタグ、「お」は不要ではないですか? こんなときくらい足並み揃えてワールドワイドよろしく#stayhomeでよいのでは?

 「お」って、「おうち」ってなんだよ。キッズが使うならいざ知らず、大の大人が「おうち」はいやー、キツいっす。インスタで言えないのでここで言います。

 元来まあまあの出不精なので、今般の状況でなにかが変わったかというと、お茶の稽古がしばらく休みになってしまったことくらいだ。寝たり音楽を聴いたり映画や動画を観たり、掃除したり自炊したり…………と、いつものシワシワの休日と代わり映えしていない。むしろ、いつも皆さんどれだけ外出なさっているのでしょうか、尊敬いたします。

 そんなこんなで、もともとそんなに家にいないタイプの皆さんの充実したキラキラの#おうち時間に晒されるようになって、ストレスとなり鬱になって降りかかっている。

 かさねて仕事に対するメンタルもバキバキに折れたことに端を発し、iPhoneKindleを導入して佐藤優「メンタルの強化書」を読んだ。無神経で図々しくて下品な他人のことなんて相手にする必要すらねえからキニスンナ! という内容が全編にわたって書かれており、非常に肯定された。他人や会社に対する諦めがますますついた。こんな折でいつも以上に人のことが嫌になっている人は読んでみられたし。

メンタルの強化書

メンタルの強化書

  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2020/01/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

考えていること

  • ひと月前実家に帰った際に大事な腕時計を忘れてきてしまったのだが、万が一わたしが保菌していたとしたら、実家にいる兄が介護従事者なので、兄にだけは移してはならない。しばらく帰らずに1人でいるしかない。医療従事者と介護従事者には頭が下がるどころじゃない。
  • 楽しみにしていたライブの予定が軒並みなくなってしまった。病は気からの対極というか、ほんとうに行きたくて行きたくて仕方ない特にワンマンの類はちゃんと延期になり、モチベーションが下がっていたライブは中止になったので、わたしの予感はなんとなく昔から当たる。
  • とはいえ一部の友人にしばらく会えておらず、ちゃんとストレスになっている。連絡してみたら元気そうだからまだよいが、会えるのはいつになるのだろうか。なにごともないことを祈るだけだ。
  • 嬉しかったことといえば新調した口紅がかわいいこととiPhoneを10から11乗り換えたら毎月の支払いが1,000円安くなったことかナ。ちなみにradikoYouTubeNetflixの類がスマホから観られなくなると困るので格安SIMには絶対しません。
  • 最近得た役に立たない知識:ベーコンを焼く音には、人をリラックスさせる効果がある。

 それでは皆さん、引き続きどうぞご自愛くださいますように。

あなたと同じような感情で誰かを愛せたなら

 サザンの「東京VICTORY」はいい曲だが苦手だ。2年前に好きだった男性が、CMで流れるたびに意気揚々と歌っていたのを思い出すから。

 思い出の音楽は山ほどあるが、一緒に思い出す出来事のほとんどが恋愛に関わる辛い・悲しいものなので、わたしの原動力のいかに大部分がそれらで構成されているのかがよくわかる。

 せっかくなので振り返って、お焚き上げ記事にしようと思う。

 

①ドミノ/COLTEMONIKHA

COLTEMONIKHA2

COLTEMONIKHA2

  • アーティスト:COLTEMONIKHA
  • 発売日: 2007/09/26
  • メディア: CD
 

  高校時代一度だけバンドを組んだことがある。そのライブに隣の男子校で当時仲の良かった知り合いの男の子を何人か呼んだところ、友人を呼んできてくれ、その中に1人馬の合う男の子がいた。それをきっかけに連絡をとりあうようになり、ある時、人生で初の告白を受けることとなり、当然OKしたのだが、1ヶ月後、彼から「ごめんやっぱり付き合えない」と謎の三行半メールを突きつけられた。その時ウォークマンからドンシャリで聴いていたのがこれ。

 わけがわからず腹が立ち、同じグループの友達にさんざん文句を言ったがどうにもならず、自分の品格を下げただけのように思えた。ばかばかしくなり、こんなことしても自分にとっては損しかないと思い至った。

 そこで、当時彼に「勝訴ストリップ」を貸しており、返却された際に裏面をめちゃくちゃに傷付けられて人伝に返ってきたので、初回限定盤のピンクケースごと新品で買って返せと最後に要求した。苦労してくれたそうで、つるつるの新品が手元に戻ってきたときの、いわゆるところの「ざまぁ」の気持ちが忘れられない。共通の友人には苦笑いされた。

 彼はその後某優秀な大学を出、一流商社に就職、美人と結婚し一児をもうけているそうで、本来的には、わたしなんかと同じ世界線にいるような人じゃなかったのだと思う。わたしなんかに捕まって人生無駄にしなくてよかったね。

 

②this love will not be successful/baker

 就活前の大学3年の冬、付き合っていた彼に前触れもなく「距離を置きたい」と言われ、帰路の私鉄の中で1時間半号泣しながら、これを聴いていた。わたしにとってはbaker氏がボカロの入口で、「カナリア」や「サウンド」は起源。

 彼のことは好きだったが、これから辛くなるであろう時期に急に独りにされたので怨んだ。この怨み晴らさでおくべきかと思い、就活終了後によりを戻そうと言われ、口約束として戻すことにしたが、夏は友人とフジロック、グアム旅行等々とバイトに励み、クリスマスやバレンタインのイベントと夜中の電話はすべて無視した。実際就活中は、ポジティブみに溢れていたし、大学の友人と逐一連絡をとりあったり飲みに行っていたので、あまり辛くなかった。つまり結果的に彼がいなくても大丈夫だったのだ。

 そんなこともあって就職した直後の夏、仕事に慣れるので精一杯の中、仕方ないのでまだ進路の決まらない彼に別れたいとLINEで送った。直接話す心の余裕がなかったためLINEにしてみたが、納得してくれず困ったので、共通の知り合いに家を貸してもらい、話し合いの場にいてくれるよう頼んだ。よく引き受けてくれたなと思う。わたしはなんとなくお茶を濁せるように、水まんじゅうを買って行き、約10分程度の調停の結果、なんとか円満別離とあい成った。その後、知り合いの家から程近い遊園地に3人で行った。当時高所恐怖症だったので、天気雨の中2人がバイキングに乗るのを1人で眺めていた。安っぽいMVのような話ですが盛っていません。

 

③ブルーデイズ/絢香

ブルーデイズ

ブルーデイズ

  • 発売日: 2007/06/06
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 2006年当時は観ていなかったが「サプリ」という亀梨和也伊藤美咲主演のドラマがあり、なにも考えずに観られるお仕事系ドラマが観たいと思い、この頃ちょうど毎日1話ずつネットで観ていた。その挿入歌。

 入社して2年めごろ、職場の上司のノリもあって毎週のように飲み会に明け暮れていた。学生のときから酒は強くないが飲み会は好きなので、その日もご多分に漏れず、土曜の朝3時まで飲み明かし歌い明かしたが、半端な時間に解散になって急に放り出された。

 その何人かいたメンバーの中にいい感じの人がいて、諸事情あって一緒にはなれなかったのだが、1人でタクシーに乗りながら、そもそも夜中に放られたのに普通に帰らせて連絡もよこさないってなんだよ、とモヤモヤしつつ、タク代節約のために最寄駅でおろしてもらい、酔い覚ましがてら駅から歩いて帰っていた。帰り道のなんともいえないむなしさに、たまたまシャッフルでふりかかってきたこの曲の染みたこと。

 でも大変に好きな人だったので、もうこんなに人を好きになることないだろうなあ、と別れた時に号泣した。で、久しぶりに近い水準くらい好きになった男性がとんでもない根なし野郎だったので、ほんとうに見る目がないのだと思う。悲しい。

 

④東京VICTORY/サザンオールスターズ

東京VICTORY(通常盤)

東京VICTORY(通常盤)

 

 冒頭のやつ。

 ゴルフやLDHが好きとかいう、わたしの人生と何一つ属性が被らない人だったが、一緒にいて楽しかったし、転勤の時は個人的にプレゼントをくれたりお祝いをしてくれたりしたし、なにより第一印象からなんとなく好きだったので、告白したらスルーされ、返事も返ってこなかった。しかもそれを悪びれなかった。

 なんで付き合ってくれなかったのかとは思わないが、真正面から真面目にコミュニケーションをとろうと思った相手に真っ向からスルーされると、それを指摘してやろうという気にもならないというか、暖簾に腕押しというか、「ええ加減にせえよ」が「もうええわ」になるんだということを学んだ。

 告白して返事が返ってこないことなど想定していなかったので、ショックのあまり、この失恋の原因ではなく、彼の人間性がこじれた原因を何日も考え続けた。答え合わせすることはないが、噂を聞いている限りではなんとなく正解しているもよう。悠長にCMにあわせて歌ってる場合じゃないのよ、あなた。人のこと言えませんけどね。

 

 最近はそもそも出会いもなく、揺さぶられるような辛い出来事があまりないので、いい曲を穏やかな気持ちで聴けていい。苦い思い出に結びついて聴けない曲が増えるよりはいいかもしれない。そのかわりに死んでいるくらい、なにも起こらないつまらない人生になったけど。

 30歳になるに向かってあと2年弱、向かうところ一寸先以降一生闇。とりあえず、思い出だけでもしっかり成仏しておくれ。南無三。

涙ばかり出ちゃうけど

 化粧が大好きだ。朝起きて顔を洗ったら、軽食よりも化粧が先。両目の埋没をして以降、化粧がさらに楽しくなった。

 ということで最近使っていて気に入っている化粧品をいくつか勝手に紹介したい。ちなみにセルフ診断でイエベオータム、乾燥性敏感肌。

 

❶to/one ペタルリキッドアイシャドウ(03コッパー)

 パウダーのアイシャドウをグラデーションするのが面倒になってきた昨年春頃、たまたま入ったCosme Kitchenでこれが売られていて、まあこのくらいの色なら単色でも違和感ないかと思い購入。コッパーというかブロンズのような色。イエベなので馴染むがたぶんブルベでも浮かない。量で色の濃淡を調整できる。

 先にアイシャドウベースを塗っておけば夜までもつ。オフも簡単。たしかに質感はメタリックだが、控えめなのでいつもはこれのあと黒目の上にADDICTIONの092のラメを足している。ただコッパーの主張強めなので、リップやチークはブラウンかオレンジにしてワントーンにしたほうが全体がまとまっていい感じになる。

 

❷NARS ナチュラルラディアントロングウェアファンデーション(6605)

 なにがすごいか、オイルフリーかつアルコールフリーおよびパラベンフリーで肌が荒れないこと。このスペックだけでもう最高。オイルフリーのファンデーションはほんとうに数が少ない。UVカット機能はないが、プライマーでカバーすればよいのでわたしにとっては問題がない。

 つけたてはセミマットだが、時間が経つと馴染んでちょっとだけツヤが出る。ナチュラルすぎず厚塗りすぎずで丁度よく肌が均一になる。崩れても汚くならない。

 ちなみにシリコンについては、個人的にはきちんとオフさえすれば問題がないと考えている。というか、オイルフリーを優先するとどうしてもシリコンとはうまく付き合わざるを得ないのだが。

 

❸NARS ライトリフレクティングセッティングパウダー

 

 ❷のファンデーションとあわせて使うと最高。これもオイルフリー・パラベンフリーだし、NARSは神です。崩れにくいくすまない減らないの三拍子。

 色がつかないからハイライトとけんかしない。夕方急に会食が入って急いで化粧を直さなきゃいけないときも、コンシーラーでポイントだけをカバーしてとりあえずこれをはたいておけば問題なし。厚塗りになりようがない。休日にちょっとそこまでのときは、日焼け止めのうえにこれをはたいて出かける。

 付属のパフはペラペラなのでまったく使わず、持ち歩きブラシを使用。まあ減らない。向こう5年くらいゆうに使えそうで怖い。

 

SUQQU エクストラグロウリップスティック(15)(廃盤)

 SUQQUは以前鬼の塩対応されて以来一度は遠ざかっていたが、昨年秋ごろにブラウンリップが欲しくなり、いろいろ試して15を買った結果、今まで買った口紅で一番似合うということがわかり、現在もヘビロテ。口紅はまあまあの数持ち合わせがあるが、まったく乾燥せず使えるのはこれとSUQQUのモイスチャーリッチリップスティック、ディオールのアディクトリップグロウのみ。

 廃盤になり現在は後継商品でバイブラントリッチリップがあるが、07も09も赤みがあるので、エクストラ〜の15番とは微妙に色が違う。まだまだ残っているのでしばらく使えそうだが、なくなったときの後釜に困る気がして今から憂鬱。バイブラント〜は08を買おうと思っているが、かれこれ1ヶ月は欠品しているみたいなので、手に入る気がしない。

 

 ❺IHADA 薬用バーム

 去年までアンブリオリスのフィラデルムクリームを使っていたが、これに変えたところ、肌にあっていて、吹き出物もひどい乾燥も起きず、快適に越冬。容量は小さいが価格も安いし、少量でのびるのでコスパは悪くない。

 最近美白成分の入ったクリアバームも発売され、夏はそっちにしたいが、3/1発売のはずがどこにも売っていない。早くほしい。なぜ化粧品にフラゲの概念がないのか…。

 

❻ADDICTION アイブロウブラシ

 一般的なアイブロウブラシの3倍程度の大きさのブラシ。バジャー(ムジナ)の毛で硬めなので色が乗りやすい。なにより幅広なので一筆書きもできるし、色の継ぎ足しも簡単でめちゃくちゃ便利。眉を描くのがうまくなった気がするし、時短にもなった。値は張るが補って余りあるブラシ。最高。

 

 以前の記事でフェイスパウダーとメイクブラシを新調したいと言及し、それはひとまず解決したので、次はチークか。SUQQUの11番が欲しいのだが、絶対使いきれないチークに6000円はちょっとなあ、という段階。

貴方を知るほど僕は正されていく

 苦節約10年、ようやく裏千家の上級(助講師)の許状を受けた。昨年8月に申請し、混雑でやっと昨日届いたとのこと。増税前の駆け込みで一番高い買い物だった。

 ところで茶道という趣味は、一般的な印象こそ悪くないが、自己紹介で挙げたとして、とにかく話が盛り上がらない。合コンだと打率10割で

「趣味とかありますか?」

「えっと、お茶を…」

「あっ、へえ〜〜〜」(話終わり)

 となる。

 道のつくものは、礼に始まり礼に終わるとか、形から入るのも煩わしく敷居が高く感じるのか、経験者がそもそも少ない。経験があったとしても「なんか茶碗回すんだよね! 畳を2歩? 3歩? で歩くとか!」くらいの会話しか生まれず、同席している周りに申し訳がないほどに面白くないくだりにしかならないので、最近は趣味を聞かれても茶道と言わないようにしている。今まで言っていてごめんなさいね。

 それに、稽古中は努めてはいるものの、普段の所作が優れていると言える自信はないので、趣味が茶道と言って「茶道やっててこのクオリティ?」のような空気を感じないこともなく、大変心苦しいのもある。

 ということで、同じ稽古場の人と親以外に、この趣味の話をすることはほぼない。そもそも、他の趣味も人に自ら話すことはしないようにしている。

 

 ところで茶道をやって学んだことはいろいろあるが、日常の行動原理に結びついているのは、人の礼儀を受けるためには、自らも受けるための礼儀を持つ、礼儀を学ぶ姿勢を持ついうこと、つまり謙虚であるべきということだと思う。

 茶道は亭主だけでなく客にも作法がある。静寂のなかで、亭主の手順や道具の微かな音で、客はこうする・こう聞くというのがおおよそ決まっている。多少の問答はあれど、言語でのコミュニケーションは最低限で、究極的には「(ほとんど)喋らなくても通じる」のだ。これは、客としての作法を学んでいないとできない。余計なコミュニケーションがなくとも、考えずに感じられるように考えられているのが茶道の作法だ。

 「俺は客だぞ」と驕らず、本質のために、施すときだけでなく、受ける側も礼儀をわきまえておく。そうすることで、相手の立場を理解する余裕が生まれる。すべて理解できるなんてことはないが、考えていることがなんとなくわかれば、よほど悪い人間じゃない限り、ものごとはなるべく円滑によい方向にと向かわせようとする。お互いそうすることで、ひとごとにならず、柔軟で謙虚になれるのでは。

 いつでもなにかをするときだけじゃない、なにかをしてもらうときの礼儀を、忘れずに過ごしていきたいと思う。

 

 わたしの先生曰く、「茶道は何年やっても初心者」なのだそう。まして10年程度のわたしなんて、入り口から中をガン見しただけでわかったような気になっているだけなのかもしれない。(助講師)なんて肩書きはついたが、教えるまでになるには気が遠くなるほどに遠い。知識も経験も先生やまわりのお弟子さんにとうてい及ばない。

 だからせめて、気持ちよくものごとを楽しむための礼儀を忘れず、学ぶ姿勢だけは放棄しないで、気長に謙虚に精進したい。

恋に落ちれば同じよね

今週のお題「応援」

 この記事の結論は「受験生は風邪とインフルに気をつけて最後まで気を抜くな」です。

 

 なにかに臨む人をみて、軽薄に「頑張れ」と言うやつが世の中に掃いて捨てるほどいて、言われるたびに「なにを?」と心の中で返してきた。人に応援させるような大事なイベントなら、言われる前にもうすでに頑張っている。これ以上なにをどう頑張れと? 頑張っていないとでも? といつも傷ついてきた。

 人が安易な「頑張れ」を言う理由はふたつしかなく、「語彙力がないから」か「他人事だから」で、たいがいのやつは後者だ。

 「頑張れ」のみならず、人を傷つけるような言葉を平気で人に投げかけたりするやつが、世の中には大量に存在する。強い言葉を使って後輩をピシャリと言ってのけることが格好いいと勘違いしている人間や、人の言動を鼻で笑う人間など、正気とは思えないやつばかりで、心底辟易している。大人になっても生きているだけでこんなに傷つくなんて、10年前は思ってもみなかったので、かなり絶望している。

 

 それでも、たとえ「頑張れ」しか言えなくても、人を心底気にかけて、言葉をくれる人も、多くはないが確かにいる。それが家族なのか、友人なのか、同期なのか、先輩後輩なのかは人それぞれだが、自分のことを思ってくれる人の言葉は、すとんと腹に落ちる。そういう存在は、いてくれるだけで御の字だ。

 窮地に立って、人の言動に晒されて病みそうなときは、あなたを大事にしてくれる人の言葉だけ大切にしたらいい。それ以外は忘れて、金輪際思い出す必要はない。あなたもわたしも人生と気力は有限なので、無駄に使うことなんて、もったいないのですぐにやめてください。

 

 ということで、受験生の皆さん、中学・大学入試直前でもれなくインフルエンザ罹患したわたしからのアドバイスは「予防でできることは気休めでも全部しろ」「最後まで過去問をやり続けろ」「やり過ぎて困ることはない」「あとはしょうがない」以上です。

初めての夜みたいに

 友人は片手か両手かで足りるくらいしかいない。その内の1人の友人が、先日ワーキングホリデーから帰国し、約1年ぶりに会った。

 彼女とはもともと大学の同級生で、共通の趣味をきっかけに毎日のように遊ぶようになった。考え方が似通っているところがあり、新卒での就職先も同じ業種だった。Uターン就職した彼女とは頻繁に会うことはできなかったが、趣味まわりでなにかというと連絡をとったし、彼女が東京に来たときはいつも飲みに行こうと声をかけてくれた。有休をとって彼女に会いに行ったときは、快く迎えてくれ、酔っ払いつつもさまざまな場所を案内してくれた。

 本人は自分をコミュ障というが、竹を割ったような性格で、自然に気遣いができ、美人で、計画性と決断力も兼ね備えている。なにより、話のテンポが合う。友人になるのに共有した年月の長さは関係ないのだと、わたしは彼女との付き合いの中でなんとなく学んだ。人としても心から尊敬している、数少ない貴重な友人だ。

 

 この日はもう1人仲の良い友人も交え、昼から夜のそこそこいい時間まで、積もる話を共有した。彼女の向こうでの過ごし方、人との出会い、感じたこと、これからやろうと思っていること、色々な話を聞いたが、なにより一番印象的だったのは、彼女の雰囲気が、どこか肩の力が抜けたようなものになっていたことだ。

 海外に行く前の年齢以上に大人びていた彼女は、業種特有のプレッシャーなどもあり、着る服やアクセサリー、化粧品、持ち物にも非常に気を遣っていた。非の打ち所のない、都会的な緊張のある洗練さがあった。しかし、帰ってきてみての彼女は、髪は伸びたまま、衣類は最低限、化粧も必要以上に直さない、どこか吹っ切れたような様子だった。

 雰囲気が変わったことについて尋ねると、彼女はこう言った。

 

「向こうに行ってしばらく語学学校に行って、資金がなくなっちゃったから、そのあとは毎日のようにバイトしていたんだけど、わたしのいたところではTシャツ半パンビーサンが当たり前。化粧も日本人みたいにフルメイクなんて誰もしていない。無駄毛を処理していなくてもみんなそうだし、誰もなにも言わない。髪の毛だって3日に一回くらいしか洗わない。店はだいたい22時に閉まる。クラブも金土以外は開いていない。ゆっくりしたくなったら、バスタオルと水着だけ持って海に行って、砂浜に寝転んでボーッとして、水に入りたくなったら入る。仕事中は、接客態度にいちいち文句つけたりもされない。なんていうか、流れ方が穏やかで。そうしていると、だんだん、いろんなことがどうでもよくなってきて。仕事とかいろんなものに追われていた時に比べて、特に物欲とか、そういうものがスーッとなくなっていって。服や持ち物なんてなんでもいいって。もっと自分が有意義だと思えることに、お金や時間を使おうと思えるようになったよ」

 

 一年程度のワーホリくらいで価値観変わったなんて大げさなこと言うつもりじゃないんだけど、と付け加えた。彼女は一旦日本に戻って、ビザを申請して、春ごろに再び向こうに戻って語学留学を続けるという。

 ショックだった。同じような境遇で考え方を持っていた彼女が、今までの環境を捨ててでもやりたいと思ったほうを選んだ結果、わたしがここからきっと何十年かかってもたどり着けないかもしれない結論に、一年でたどり着いてしまったから。わたしはもうかなり自分の持ち合わせる欲にほとほと嫌気がさしていて、その領域にたどり着きたいと思っているのに。

 もういい加減、わたしはいろんなことを諦めたいと思っている。好きなことを仕事にしなかったこと、たぶんこの先もできないこと、そんな歳でもなくなってきていること、好きなことだって中途半端だということ、1人で生きていく自信がないけどこのままではずっと1人でい続けなければならないこと、少なくとも向こう6年間は昇格できないこと、頑張って装いを整えたところでなんの意味もないこと。でも、諦める勇気もない。向いているのかどうかわからないがこなすのが精一杯の今の仕事、流されてこぎ着けた業務上の立ち位置、働いてさえいれば最低でももらうことができる今くらいの給料、1人で暮らすには充分すぎる家、生きていくのに不自由のない環境、それから。

 彼女の話を反芻してそんなことを考えながら、「文學界」2月号のDJ松永(creepy nuts)のエッセイを思い出した。内容は是非本文を読んでいただきたいし、わたしは彼ほどの実力も実績も才能も地位もなにもない一般人で、共感という言葉を使うのも大変烏滸がましいし論点がずれているかもしれないが、わたしも、どうしようもないんだって気づきたい、と思った。

 いつまでモラトリアムすれば、諦めて気が済むのだろうか。彼女を羨ましく思うと同時に、嫉妬しているのだと思う。自分の人生で後悔しているのに、諦めようとして放っておいたものを、目の前に晒されてほら見てみろよと言われているみたいだ。

 彼女に会えてほんとうに嬉しかった。でも、こんなどうしようもない感情をどうしよう。諦めろ、お前は1人でここにいてこのままでいるしかないんだって、誰かわたしに言ってくれ。

 

文學界 (2020年2月号)

文學界 (2020年2月号)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/01/07
  • メディア: 雑誌
 

何て大それた事を夢見てしまったんだろう

 幼少期のルーツ:椎名林檎

 

 1998年「幸福論」でデビュー、1999年に「無罪モラトリアム」の発売を経て2000年、椎名林檎は2枚目の「勝訴ストリップ」を発売し、このサブスクの時代からはもはや想像もつかない、CD200万枚以上という記録的な売り上げを成し遂げた。

 しかし、そんな見かけの数字は幼いわたしには露も関係がないまま、あれはたぶん中学生の頃で、2003年だったと思う。「加爾基 精液 栗ノ花」が発売され、デビュー当時からファンだった父は、「勝訴ストリップ」から休止を経て3年ぶりのアルバム、しかもえげつないほど攻めた音源の詰まったこのCDを毎日のように流しまくっていた。当然、多大なる影響を受けた。

 中学受験も終わり物心つき始めた当時のわたしは、特に「宗教(M1)」「とりこし苦労(M7)」を理解するには人生が足りない、もっと大人にならないといけない、と幼心ながら思っていた。このところいい歳になってきて、世間から見れば立派な大人であって然るべきなのに、それでもまだよく理解できていないと思える。自分が成長しているなんて、自分自身では一生かかっても実感できない気がする。

 それでも、内容を完全に理解できようができまいが、人生で初めて衝動や憤りの拠り所になってくれた音楽を生み出した椎名林檎は、わたしにとっては唯一無二で、他とは比べることができない。

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 アルバムもシングルもすべて父が購入しており、自宅で好きなだけ聴いた。ひと回りして「警告」「月に負け犬」「アイデンティティ」「ギャンブル」あたりをヘビロテしていた頃、自宅に父が買ったであろう2000年4月のSWITCHがあり、表紙が椎名林檎だったこともあり、手が伸びた。

 衝撃的だった。インタビューと書いてあるし、だけど冒頭いきなり引用で始まっているし、喧嘩のような応酬もあるし。この文章はなんなんだ? と。

 内容はこうだ。当時、要するに「売れた」状態だった椎名林檎は、得てして耳に入ってくる憶測、評判、偏見、勝手な解釈等々に辟易し、ほとんど呆然としていた。閑静なロケーションでまずはゆっくり落ち着きながら、徐々に今後の展望でも、と思っていた著者より前のめりに、「椎名林檎としてはアルバムは3枚しか出さない」の話(これは当時ファンの間では有名な話だった)をし始める。そこから、少しずつ彼女が今考えていることや、自分の作品のこと、音楽のことなどを話し、「しばらくちょっと待っていてほしい」と何度も言う。最後は著者が「そう、だからその時まではもう誰も、彼女に何も訊かないでくれ」と締めくくっている。

 このインタビューの中で、著者は混乱の中にいる椎名林檎に対して、それでもあなたの作る音楽が好きだ、と一貫して伝えている。だから、彼女が過激な発言をすれば、それに半ば怒ったように返す。真剣にだ。極端にいえば、自殺しようとしている人を必死に止めるみたいに。なんかこれって要は、ラブレターみたいなことなんじゃないか?

 そういえば同じくらいの時期に、Quick Japanにも椎名林檎の記事があった。

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 Quick Japanは当時、本人にインタビューを申し込んだが何度も拒否されたと書いてあり、そうなるとこれに至ってはいよいよ本当にラブレターだ。だって、まず、タイトル「拝啓 椎名林檎様」だし。当然本人は不在、内容も、用語集やら漫画やらを含め猥雑としており、有り体にいえばカオスなのだが、だけど一貫して、やはりあなたをもっと知りたい、こんなことを知っている、話がしたいと主張している。

 なにかを真剣に好きという気持ちは、たぶんすべて、こういう類いの「熱意」に帰結する。その熱意をどのように表明するかは人によるだろうが、少なくともわたしは、この2冊のラブレターを読んで、同じ気持ちで椎名林檎とその音楽を愛している人がいるなんて、と、胸が痛くなるくらい感動した。

 この感動の原点が、まずもって椎名林檎がいてくれたことであることは言わずもがなだ。

 

 時が経って、椎名林檎は結局アルバム3枚で終わらず、東京事変を経て椎名林檎としての活動を再開し、そして2020年、また東京事変が復活しようとしている。オリンピックもある。願ったり叶ったりだ。

 「都会では冬の匂いも正しくない」(正しい街)と郷愁を歌い、「この先も今も無いだけなのに」(アイデンティティ)と嘆き、「大事な生命 壱ツだけ だうか持つていかれませぬ様に」(茎)と叫び、かと思えば東京事変を立ち上げて「新宿は豪雨 誰か此処へ来て」(群青日和)とまた叫んだあとに「心と云う毎日聞いているものの所在だって 私は全く知らない儘大人になってしまったんだ」(心)と立ち返りながら、最近では「死に気付かぬゴーストの様に この快適さを永遠のものに! そう願うには、若過ぎたんだあまりに」(和訳・JLOO5便で)と過去を悔やみ、かといったら「奪われるものか 私は自由 この人生は夢だらけ」(人生は夢だらけ)と高らかに歌ってみたり、「一寸女盛りを如何しやう」(長く短い祭)と盛り上がってみたり、彼女が楽しそうに音楽をしているのをみて、またこちらは、胸が熱くなり、なんとも泣けてしまう。

 東京事変については別途書きたいが、要するに、椎名林檎は偉大だ。少なくともわたしにとって、そして、世の中にほかにもいらっしゃるであろう、椎名林檎によって熱意が突き動かされたすべての方々にとって。音楽理論や難しいことはほとんどわからないが、好きな音楽を生み出してくれた音楽家の活動をこれからも楽しみに待てるなんて、なんて原始的で最高の喜びだろう。