隙間から光が見えたら

 大学生〜社会人なりたての頃のブログがでてきたので、一部抜粋する。不要なところは中略し、目も当てられない表現を除いて、ほぼそのまま載せる。

 ほぼずっと同じようなことで悩んでいるし、今もあまり変わっていない。ちゃんと性格が悪く、たまにノロケがあるのもちょっと面白い。

 

2010/07/14 21:08:00

 大学に入って友人から相談を受ける機会が何故か増えた。

 相談受けるというよりは一緒に考えるって感じなのだけど、ふと我に返って私の悩みはどうなるんだろうと考えて、大学入ってから今までそれなりに悩みはあったはずなのだけど、真剣な悩みは殆ど誰にも相談してないなと思った。話したことのいくつかも、話しながら結局自分の中では次にどうするかもう決めているから私はこう今思うんだと言うだけで、あとは過程はカットで結果と結論を伝えるだけ。人に話すまでもなくなっちゃう。話聞いて貰う代わりに自分も聞く、とかそういうギブアンドテイクをして貰う気もあんまりない。あなたに悩みがあって私にはありません(完結してるから)。だから私があなたの悩みを全力で聞きましょう。それで良いじゃんって本気で思ってしまう今日この頃。駄目? 変に自己完結するのは良くないことだと最近つくづく思うのだけど、自分のこととなるとどうにも難しいというかなんというか。

 

2010/07/19 03:51:24

 皆嫉妬とかしないの? 聖人なの? もっとギスギスしようよ。嫉妬なんて所詮自分からするだけなんだから。

 

2010/07/27 17:16:00

 価値観が違う、って言い切るとああ駄目だとしか思えなくなってしまうから言い切りたくないけど、それでも価値観が違うとしか言えない。私が守ってきっと彼も守ってくれると期待したラインをあっさり彼が破って私はショックなんだ。期待したのは私の勝手と分かっているからこそ価値観が違うんだって言い切りたい。干渉することすらもう哀しい。
 正直でいたって伝わらないことがあるならコミュニケーションは疎かコンタクトすらやめにしたい。無駄になるかもなんて考えただけで泣きそう。現に一つ無駄になってこんなに嫌になって、ならもう全部なかったことにしたい。っていうのは言い過ぎだとしても。

 

2010/08/05 19:56:00

 あと10年足らずの人生だし今更凹むようなことももうあんまりないけど、私一人では何事も役者不足であるという事実にはいつまでたっても勝てなくていい加減心折れそうです

 

2010/08/09 00:41:00

 私の人生における多くの残念の一つは絵が描けないことだなと本当に思う。文章でしか表せないことがあるように絵でしか表現出来ないこともあって、だからこそ私は自分の畑(文章)でしか表せないことって何だと思いながら、今夜も本を読む。

 

2010/09/30 23:17:00

 結局私には表立つ感情が嫉妬しかなくて、優しさのこれっぽっちもないことにまた嫉妬しているのかもしれないし、もうなんかよく分からない。自分のことを客観視したい。出来ない。人のことはいくらでも言葉で表現出来るのに自分のことじゃこの漠然とした不安感の出所すら掴めない。歯痒いというより、情けない。結局自分を大事に出来るのが自分しかいないって諦めてるのか諦めてないのか。っていうかなんだろう、言葉が思い付かなくて、今物凄い気分悪い。かまってくれる人もいなくて死ぬ程寂しいのか。そういうことか。

 

2010/10/14 18:26:00

 私の悪いところの一つは、思うところがあっても、大好きな音楽聴きながら散々感傷に浸ると満足して結局何も行動を起こさないところだろうと思う。

 

2010/10/18 00:22:00

 執着してくれる人がいる人は、羨ましい。

 

2010/12/30 20:23:00

 自分の憧れに対して人から干渉されることほど面倒なこともないと思った。振り返ってもらう為の尊敬じゃなくて自分が持ち続ける為のもので、恋慕なんかじゃとてもない。

 

2011/02/03 22:28:16

 本日のA氏の名言:「デートを目的にしたくないんだよね」

 

2011/02/16 00:38:00

【速報】別れた

 

2011/03/12 09:48:00

 大学泊まって今帰宅。

 

2011/03/27 02:22:00

 そりゃ虚勢張るだけが人生じゃないけど、格好付けられない貧しい人生にしたくもない。まあ自分の価値観と同じものを相手に見出すことの難しさは私自身がよく分かってるからなんとも言えないけど。
 格好付けるのってかっこわるい? ええかっこしいはダサい?

 

2011/04/04 21:26:00

 バイトに行って人と話せば面白くて楽しいなと感じて、サークルに行けば下らない応酬の横で違う気持ちがあって、そういうのが全部一度に私の中にあるっていうのが信じられない。私は自分は基本的に要領が悪くて一度にたくさんのことは処理出来ないと思ってたし今でもそうだと思ってるから、こういうのが物凄く不思議に思える。今でも処理しきれてるとは思ってないけど、それでもこういう状態で平静でいられてるっていうのはなんかある意味突き抜けたなあと思ってしまう。成長なんだろうか。これを成長と言って正しいのか。

 

2011/04/13 17:15:00

 最近どこまでが言って良くて言っては駄目なのかが分からない。だからメールを一旦打って保存しといて1時間後に全消しして全く違う文面を送るなんてことがザラにある。
 別に言いたいこと全部言っても大丈夫なんだと思うけど、そうすると言わずもがな誤解というか変な認識が生じる。例えば●●はわがままであんなだからまともに取り合っても仕方ねーよみたいな。これがすごく嫌だ。だから最近は言いたいこと小出しで後は口を噤んでいる。
 そう喋らなきゃ良い。余計なことまで言わないうちに黙れば良い。そんな簡単なことだったんだよねと今更に思う。

 だけど私は自分の気持ちを言葉にせずにはいられない。人に理解されるに必要はまず絶対言葉なんだ。それはもう哀しいほどに。その気がなくたって態度だけというのはよくあることだけどそれを表すにもまず言葉だろう。だから言葉を発するのに、それで変な認識をされるなんてなんて変な話なのだろうと思う。本当に薄情だなと思う。けどそんなもんかとも思う。だって皆実際私の内情とかどうでもいいんだ。そもそも理解を諦めてるのでそれはどうでもいいけど。
 色んなことを自分で決めて頑張る。それは自分のためで誰も見てないし見せ物じゃないしそれはいいけど、たまに無性に馬鹿馬鹿しくなる。

 

2011/05/16 12:18:35

 言葉を散々探してなかった挙句のこれだが、よりをもどした。

 

2011/05/18 13:22:41
 私はどうしたらいいんだろう。どうしたらうまく応えられるんだろう。でも好きなAV女優の話聞いてググったら可愛くていくらなんでもこれにはなれねーよと思う程度にはアレ。

 気付くのが遅くて傷付けたなと思うのに何も言わないのは、優しさじゃなくて君にとって嬉しさが勝ってると思っていいのかな。ごめん。ごめんなさい。

 

2011/05/27 01:06:00

 自分が重い。生まれて初めて自分が自分であることに嫌気が差している。そんなことどうしようもなかったのにね。

 

2011/06/09 02:09:00

 (彼について)やりたいようにやればいい。だって他人事なんだ。お互い就職する頃にはもう付き合ってないかもしれない。そしたら私には関係ない。先のことなんて何一つ分からないし、そうでなくとも初めて付き合った人(一応)とそんなに長く付き合えると思えるほどメルヘンな中高時代過ごしてない。そりゃ長く続いて欲しいし一緒にいて欲しいけど、それがどんなに難しいことか、今から薄ら気付いてる。
 まして結婚のこととか、考えてるわけがない。そりゃ誰かと結婚出来りゃそれが一番親への恩返しになるって結構前から気付いてる。でも相手が見付かるってどうしても思えない。そんな自信もキャパもないよ。今の彼に振られたら一生彼氏出来ないだろうとしか思えない。
 2年後の私は何をしてるのか。就活してる最中? まだ付き合ってる? 別の人? 独り身? 死んでる? 何一つ分からないなんて人生ってなんて薄暗いんだろう。未来が怖い。一人で生きていくなんて、本当は怖くて仕方ない。心細くて死にそうだ。

 

2011/07/13 01:26:00

 ついったーでも書いたが4年前のブログを読み返していた。
 顔文字の使い方とか文末の結び方とかどうにも解せない点は数多くあれど、思ったことは、私は余程自分に自信がなかったのだなあということだった。いっぱいいっぱいだったんだろうな。バランスとか折り合いを付けられなくてキャンキャン吠えてた感。勉強も嫌だったし。
 いつだって依存するものが欲しいだけなのかもしれない。だけど今は4年前よりもっと色んなものを併行して好きな気がする。楽しめるものがたくさんあるというのは楽しいことだ。

 

2011/07/15 01:24:00

 最近って昔のビデオテープをDVDに焼き直してくれるサービスがあるんだけど、あれで両親が兄貴と私が赤ちゃんの頃の映像を焼き直して観てたのね。それの中で、もうなんか家族総出で(今は亡き父かたのじいちゃんも←私が生まれてすぐ死んじゃった)世話してんの。あんな口もまともにきけない、歩けもしない、ちっちゃくてかわいいだけの生き物をだ。
 それ観て、結婚して子供を産んで家庭を築くっていうのはこういうことなのかと。1人で生きなくて済むってこういうことなのかと思ったら無性に泣きたくなった。私にあんなことが、出来るものか。たった1人との未来すら想像も信用も出来ないこの私が。

 未来がなくても抱き締めてなんてアホらし。私に未来なんてないよ。死ぬだけなんだよ、金稼いで欲しいもの買って人生浪費して、誰かにいて欲しかったなあとか後悔しながら死んでいくだけ。

 

2011/10/04 02:12:00

 久々に泣いた。彼がめちゃくちゃびっくりしてた。状況のせいもあったけど、ぼろぼろと泣いてしまった。どうしたのって聞かれて言葉が追い付かなかった。気にして欲しいとは思ってないし、でも何も言えなくてごめんなさいとも言えなかった。言葉に詰まるってああいうことだ。
 互いになんとなく幸せで取り返しがつく今もう私だけ勝手に死んでしまいたい。未来が怖い。怖い。

 

2011/12/09 01:09:00

Q.最近なにしてますか
A.なにもしてません

 

2011/12/15 03:19:00

 20になることで未来と闘わなければいけない。一人で生きていくってなに? この状態から私は一人にならなければいけないのなら、一人になる前に死んでしまいたい。
 そんな勇気ないけど。

 

2012/02/16 01:42:00

 結論を急ぐ自分の性分がこんなに嫌だと思ったの初めて。過去のこと言ってもしょうがないと分かっているしなんべんもなんべんも彼にそう言ったはずなのに、想像しただけで、食べたもの全部出てきそうでもあるし、水分全部出せるくらい泣けそうでもあるし、近寄らないでほしいとすら思ってしまう。こんなに人の性欲が気持ち悪いと思ったことない。なにも言えなくなって布団にくるまっていたら「何もしないよ」と言われ、何故だかぼろぼろと泣いてしまった。ショックで、いやで、つらいと、筋の通らないことを言ってしまった。
 どうしてなんだろう、と不毛にも思う。 そんなこと考えたってどうしようもない。どうしようもないんだよ。だけどつらい。性欲が綺麗だとか美しいとか言ったの誰だよ、全然違うよ、人間臭くて、ほんとうにいやになる。結局それがすべてじゃないか。

 

2012/02/28 01:30:00

 恋愛うんたらかんたらだけど、要は結婚はタイミングらしい。正直タイミング早過ぎね? とも思ったけどあれが先生のタイミングだったなら何も言えない。それよりも私にそんなタイミングはない気がしてならない。相手が図ろうと思っていたらしいタイミングも壊しに行くので、タイミングなんて作ろうと思えば作れるでしょとしれっと言ってしまいそうで怖い。でもそんなもんだと思う。あんまり精神論って信じてないんだわ。だって時間が作れないのは甘えだと今でも思う。
 でも結婚か、結婚…全く考えないこともないし、わざわざ会いに行かなくても顔合わせるっていうのは楽だなーと思うけど、それは短慮でしかないのだろうし、しかしこれ以上考えたいとも思わないし、要するに分からないものなんだろうな。シンプルな指輪がいいなーくらい。結局物欲かよ。
 楽観的で行き当たりばったりという絶望的な共通項があるからお互い未来についてあんまり考えてない。まあこの人との未来があればいいなーくらいには思うけど。
 でも、結婚については素直に憧れが生まれた。うらやましいな。

 

2012/09/09 00:40:00

 私の人生はぜいたくで出来ている。幸福たる所以。

 

2012/10/31 01:23:00

 はよ働きたいでござる。自由に出来るお金が欲しい。そして自由に出来る社会的権利。

 

2013/01/25 02:35:00

 距離を置く運びと相成りまして、なんとなくひとりでふらふらしております。最初の数日間は思い出すだけで電車の中で泣くレベルでつらかったけど、半月くらい時間が経って、現在はというといい感じに就活がある意味心の支えになってる。今これやらないとこの先何十年棒に振るんだと。そんな感じで、自分のこと考えるきっかけにもなったのでわりと最近は元のひとりぼっち生活を満喫していて、むしろ本来デートに使っていたはずの金がまるっと余るから買い物捗る。なんだかんだで連絡はとってるし、疎遠になりかけた途端どうして学内で遭うようになったりとかね。
 いつまでとか特に期限を設けなかったけど、相手の気持ちが伴わないなら戻れなくてもいいかなと少し思ってる。お互い気がないのに戻るのもなんだかなあと思うし、かといって私には今のところ彼以上にそこまで一緒にいたい人もいない。残念ながら恥も外聞も信念もありますもので。だからまあ気長に、とりあえず就活する。それからでもいっか。

 

2013/06/22 00:26:00

 無事にヨリが戻りました。戻ろう(提案)と言われた次第です。しかし彼は公務員試験で勉強と酒の日々のためバイト戦士の私とはすれ違いです。特に感慨とかはないです。バカだな〜と思うくらいです。

 

2013/09/05 03:25:00

 彼とは相変わらずいまいち噛み合わず、この間はあまりに話せることがなくて、いつもどんな話してたっけ? と考え込んでまた口数が減り、いよいよヤバイと思いました。自分は暑いからって部屋着みたいなだらしねえ格好で来やがって、人にマキシワンピ嫌だ〜とか言う奴がほんとよく言うなと思いました。ノーメイクで行ってやろうかと思ったんですけど誰にせよ人に会う時はきれいにすると決めているので絶対しません残念でした。
 わたしは自分に厳しくしていないとそれ相応のよい人とは巡り会えないと思って色んなことを決めて行動しているけど、家族以外で本来一番近しいはずの人にも厳しくされて、息が詰まってもうすぐ死にそうです。死なないけど。
 ここまで書いて、愚痴というのは人に言うよりこういうところで発散する方が人様に迷惑をかけずに済み現実的だなと冷静に思いました。

 

2014/01/29 01:26:00

 彼氏と地味にまた距離を置く運びとなった。

 

2014/09/15 23:23:11

 彼氏と別れた。その日は暑い日で共通の友人宅で調停を行うことになったので、なんとかお茶を濁そうと水ようかんと茶を人数分買って行った。10分も足らず話し合いが終わったあと、3人で読みランに行き2人がバンジーしてるのをずっと眺めていた。途中から雨が降り出して、せっかくお気に入りの洋服とサンダルで来たのになあとか考えてさして面白くもなかったが、たぶん一生忘れない。
 どうしてこうなるに至ったかの経緯は省くとして、困ったのは指輪の捨て方と、親にそのことを言い出せないでいること。

 

2014/11/03 14:48:00

 仕事が順当過ぎて、不安になる。仕事に不満がないぶん、自分自身への不満が積もりに積もる。鏡で自分の顔をみてどうしてこんなに不細工なんだろうかとか、今更どうしようもないことにどうしようもなく苛々して、でも仕方ないと惨めに諦める日々が苦痛で仕方ない。

 

2015/01/12 00:47:00

 「私のなにがいけないの?」と思うその気の持ちようが駄目なんですよ、と人には偉そうに言うのだけど、ほんとにね。なにがいけないんだろうか。容姿が優れていない点? 人に興味がない点? 気が利かない点? 友人が少ない点? 金遣いが荒い点? 性格が悪い点? それは直したところで、誰かが気づいてくれるのか? 気づいてくれそうな人、いないんだけど。
 ずっと忘れられない失恋の思い出がある。告白されて、承認した直後にふられたあれは、きっと自分のなにかがダメだったからそうなったわけで。あれから6年間経って、それでもなにがいけなかったのか未だにわからなくて、だからなのかなんなのかわからないが、好意を向けられても疑うことしかできない。好きだというのは嘘だ、なにかひとつでも欠ければそんな気持ちはなかったことになるくせによく言ってくれる、と思ってしまう。

 嬉しかった楽しかった記憶以外、全部なかったことにしたい。そうしたらやり直せるってわけにはいかなくても、今より少しだけでも人生楽しく生きられる気がする。それができないからいっそ、いなかったことにしてほしい。最近は、あんまりもう幸せになりたいとも思わなくなってきた。代わりにただただ、早く人生が終わらないかな、と自分からなにもできずにずるずると惰性で毎日惨めに生きている。
 ここからどこにもいけない。毎日誰もいないことが辛くて辛くて仕方ない。それでもいないものはいない。情けなくてどこかに消えたい。忘れてほしい。どうでもいい。どうにでもなってくれ、ほんとうに。

 

2017/11/20 23:14:00

 ここ最近、自分が「選ばれていない」ということを自覚させられる出来事が多くて気が滅入る。ここでいう「選ばれない」の定義は、自分が慕っている人に肝心なときには振り向いてもらえない、ということだ。選ばれるような大層な人間ではないとわかっている。

 どいつもこいつも「もっと自分に自信持ちなよ」と言ってくれるが、それならあなたが私を選んでくれ。

 ほら、選ばないだろ、こんなあまた人がいる中であえて私なんか選ばないだろ。

 選ばれない記憶や瞬間ばかりなのに、どうしてそれでも自信満々に呼吸して一人前みたいに生きていられると思うのか? 自覚できる欠点はカバーする努力もしているが、本物には勝てない。だから周りは私を選ばない。ごくごくあたりまえの摂理じゃないか。ほんとうは「(僕は責任を取らないけど)もっと自分に自信持ちなよ(ってアドバイスしとこう)」なんですよね。

 毎日最低の気分である。選ばれない人生なんて、生きてるだけで地獄。「もっと自分に自信持ちなよ」って、ほんとうに無責任で適当で最低の励まし方だ。

踊りつかれていても朝まで遊ぶわ

 数ヶ月前、母親に「あんたって、純粋とかじゃなくて、幼いよね」と急に言われた。

 そこそこ本気の声調だったので、なにかについて咎められたのだと思う。自覚はある。たしかに、30も目前になって子供がこんなんだったらね、親としてはそうなるよね、と。納得したが、言わなくてもいいじゃんそんなこと。

 

 その少し後には、職場の人に「◯◯さんみたいな純粋な人はさ〜」と名指しで言われた。これは嫌味なのか単なる感想なのか。他にも大勢いる会議で波風を立てる意味はないので、後者として受け止めてリアクションしたが、その人の癖を分析するに、おそらく前者だと思う。それくらいわかる。幼いという意味で言われたのだろう。

 その発言で言った本人のことを特別嫌になるとかそういったことは別にないが、もう30なのにこんなことを言われなきゃならないのか、と傷つきはする。しかしそれはわたしの感性の問題なので、ハイ傷つきました! とは当然言えないし、仕方なく笑って「恐縮です」と受け止めるしかない。

 

 こんなことがあって何故だか、昔、急に兄に「死ね」と怒鳴られたことを思い出した。

 当時わたしは大学4年生になり、早々に就活が終わったので、アルバイトに精を出してお金を貯めつつ、毎日友人と遊んだり旅行の計画を立てたり飲んだくれたりしていた。人生が一番気楽で楽しかったころだ。

 その日は自宅で母と兄とわたしで食卓を囲んでいた。なんの話をしていたのかは覚えていない。しかし当時兄のほうは相当に就職に困っていて、毎日食卓が凍りつくほど家庭内の雰囲気が悪かった。それに比してわたしは大学4年生という楽園のような日々をおくっていて、能天気にべらべらとどうでもいい話を喋っているのが気に食わなかったのだと思う。なにかの拍子に、ものすごい剣幕でたった2文字、されど2文字を吐き捨てられた。

 ショックを受け、二の句が告げず、早々に食事を切り上げて部屋に戻った。大の大人に溜め込んでいた不満をぶちまけるように「死ね」と言われると、こんな一思いに腹を刺されたような気分になるのか、なるほど、と、呑気にも思った。そして泣きはしなかったが、深く傷ついた。

 暗い雰囲気に合わせるのもおかしな話だし、気を遣っていることがわかったら却って兄もしんどいだろうと思っての判断だったが、ミスだったらしい。別に兄だって本気でわたしに死んでほしいと思ったわけではないと思うが、あまりのショックで、大変情けない話だが、いまだに兄とは正面切って話すことができない。

 

 いくら親しい・近しい間柄の人からであっても、どんな言葉が飛び出るかわからない。まして職場の人やただの知り合い程度の人ならなおさらだ。だから人からなにか言われるときは常に恐ろしいし、傷つく心の準備をしないと耐えられないこともある。もちろん、人からの言葉に救われたことも数えきれないほどある。しかしいまだに怖さの方が勝つ。ひどい言葉の威力が、うれしい言葉のそれに勝つほど悲しいことはない。

 行間や隠された意図を読みとる努力をしても言葉選びで傷つき、言葉どおり受け取っても裏側が透けて結局いやになる。どうあってもなにか言われなければならないので、いっそシンプルに、額面は額面通り受け取って、言われていないことはわからない、ということにしたい、と最近は思っている。

 人の言うことにいちいち怖がって、だから人の言葉を意味通り受け取って、明るくありがたがる。それくらいしか、じょうずな捌き方が思いつかない。発想の稚拙さ、これが幼いと言われる所以なのかもしれない。しかし自分のことは自分で守るしかないのに、それが幼いだとかなんだとか言われなければならないのであれば、なんというか、もう大丈夫なので、放っておいてくれ、という気分だ。

 

 ここまで書いて思う、人からなにか言われる≒傷つくと考えてしまういまの状態は、ちょっとおかしいかもしれない。

 休みたい。休みが足りない。ただの週休でなく、人様が働いているときに自主的に仕事をしないことを選ぶ、要するに有給休暇でないとダメだ。もうすぐ1日だけとるが、足りない。あんなに毎年余るのに、どうして半分も使わずに終わるのか、有休。

 休みをとるのが絶望的に下手くそなのを、今年中になんとかしたい。

凍えそうさ君の瞳で

 インスタをやめた。フォロワーは知り合いしかおらず、わたしがアカウントを削除したことにすら気づいていないと思う。しかし、わたしにとってはSNSをひとつやめるのは、いつもすこし勇気がいることだ。

 

 惰性で300人以上をフォローしていて、3年前にフォローしたコンテンツに心が動かなくなって、経年や疲弊を感じて辛くなった。そうして整理されていないタイムラインをみることが、好きなものばかりのはずなのに片付けられていない自分の部屋を見ているような気になり、滅入ってしまった。片付ければよいだけの話だが、その気力がどうしてもない。

 また、別に見たくなかったようなものが目に入ることが増え、趣味の範疇だというのにこんな気分になってストレスを感じるのは嫌だと思った。

 

 しかし一番の理由は、お互いのSNSをチェックしていることを前提としたコミュニケーションは、一見楽に見えて、しかしぜんぜんいいものではないということを思い出したからだ。これは大学時代の彼との付き合いの中で気づいた教訓だったのに、すっかり忘れていた。

 あたかも人が自分に興味があって、だからフォローされたり、既読がついて「見られている」ように錯覚する。不特定多数相手ならまだしも、フォロワーが知り合いしかいないと、この勘違いはさらに加速する。

 実際、自分が思うほど人は自分に興味がなく、写真も文字も、よほど響かなければ数秒後には見たことも忘れる。これはフォロワーだった人たちをばかにしているわけでも侮っているわけでも決してなく、自戒だ。人が自分に興味があると勘違いしてしまうから、人に対して「この間アップしたから知っているかな」などと思い、過程を省いたり、つい一対一のコミュニケーションが雑になってしまう。いつ誰がどんな内容をアップしたかなんて、笹舟のように放流したくらいで、別にどうでもいいし覚えていないのに。

 写真や文字をアップすることは問題ないどころか、発信することは共感や気づきを得るためには有意義な行動だろう。前向きに気にかけてくれている人にとっては嬉しいことだとも思う。しかし、そうして見てくれることにかまけて、報告や話を行ったような気になるのは、個別のコミュニケーションを放棄しているような気がする。

 SNSすべてがそうだとは当然思わない。ただ、わたしのインスタの使い方がなんとなくそうなってしまっていた自覚がある。

 

 自分に宛てて言われていないことは、わからないし知らない。察しろというのは、人からそれを期待されるのは疲れるし、自分から匂わせるのも信条に反するのでやりたくない。相手に伝えたいことがあるのであれば、SNSでアピールする必要はなく、その人に対しての言葉や行動で示せばいい。

 失いたくない大事な友人に対しては、タイミングをみつけて、話したいことはちゃんと話せばいい。親しき仲だからこそ、相手に甘えて、そういう機会を放棄してはいけないと思う。

 

 今のところ不便なことは特にない。何人か友人の子育て写真が見られなくなったが、そのようすはだいたいツイッターでも書いてくれているのであまり差し支えない。ちなみにツイッターは知り合いの割合が少なく、個人的な備忘録の役割が強く、今のアカウントは12年も使っているためライフワークとしてもやめるつもりはない。

 たかがSNSだが、こうしてやめてみるとしっかり心が軽くなったので、されどSNSだ。もっといろいろ捨てて身軽になりたい。無一物にはなれないものの、近づきたい。真摯に楽しく、面白おかしく生きていくためには、意外とそれがいちばんの近道かもしれない。

まじないを唱えるのさ

 ふた月前、「銀魂 THE FINAL」を観にひとり映画館へ。「スワロウ」からの「銀魂」という最悪の食い合わせだったが、どちらもちゃんと覚えているし、銀魂を後にして大正解だった。

 原作は連載当初から購読しており、途中空白はあったが、映画版・実写版も履修済み。諸イベントにも行ったし……というのはさておき、大変に好きな作品だ。これを語ると横道に逸れるので、またの機会とするが、今回の映画については、あらすじを除いてほぼ全編泣き通しだった。これがほんとうの最後だと思うと大変悲しいが、原作者及び関わった方には感謝の気持ちしかない。こんなに出会えてよかったと思う作品にはそういくつも巡り会えない。人生には数えきれないほど後悔があるが、そんな人生でも生きていてよかったとつかの間思わせてくれる、ものすごい美学とパワーを持った作品だった。

 

 わたしの大学時代の友人2人も、同様にファンで、学生時分であれば、おそらく今回のファイナルは3人で予定を合わせて観に行ったと思う。そして全員号泣して観終わったあと、酒を飲みながらくだらない話もありつつまた泣いて感想を語り合うのだろうと思う。

 しかしながら、当然のごとく、今はそうもできない。まずもってもう学生ではないし、住んでいる場所も、身を置く環境も違い、連絡をとることはできても、おいそれと集まることはできない。やりたいことをやりたいときにやることができる時代はとうに終わっている。

 好きなものを好きなように摂取し消費することができる経済力ならある程度持っていること。しかし集まろう!で人と集まれない不自由。そしてこうなるなんて思ってもいなかったこのご時世。やりたい、でもできない、あの頃だったらいいのに、を「でもできないからなあ、しかたない」で無理やりにでも納得させられること。

 それらを痛感して、なおどうしようもない。これがまさに、大人になることなのでは。だとしたら、わたしはいまほぼ完璧に大人だ。

 

 悪いとかいいとかではない。しかたのないことでしかない。食い扶持を稼がなければならないので仕事が生活の中心になる。当然わたしだけじゃない。自分の欲求より優先すべきものがある以上、そのための我慢が必要で、それは誰だってしているはず。

 こうやって納得して諦めるなんてこと、したくてしているわけでもない。わたしだけではないはず。すべて投げ打ってなかったことにしちゃって、好きなことだけやっていたい。それでも、それをできないことのストレスをなんとかないことにして、毎日ようやく生き続けている。でもわたしのそれは、理性や節度なんて高位のものではない。今の生活がなくなったらどうなるかわからなくて怖いだけだ。

 

 あのころはよかった、楽しかった、戻りたいと思ってはいけないのだろうか。

 わたしは今いなくなりたいと思っているが、不思議と、自分の選択してきたことを間違っていたとは思っていない。間違っていたと思いたくないだけかもしれない。でもそんなこと思ったって、もうどうしようもない。理由は後回しで、なにを選ぶかはだいたいすぐ決まる。そうして選んで今までやってきたことに、悪いことがひとつもなかったのだとしたら、この人生は運が悪かっただけ。すべて良くなかったのなら、しっぺ返しがきただけ。心当たりが吐きそうなほどあるので、後者よりの後者と思う。そしてなにがダメだったのかとか、今さら解明する気にもなれない。あえて言うなら、そういうところよ、と。

 どうせ昔には戻れないし、戻ったところで、行いが改まるような善人でもない。だからもう、諦めるから、せめて、戻れたらいいんだけどな、くらいは思ってもよくないか。

 

 わたしはきっとこの先もひとりでいて、支えてくれる人もいない。友人の存在は掛け替えなく大切だが、だからじょうずな頼り方がよくわからない。家族はなおさらだ。この先指標にしているものもない。やりたくない仕事や人間関係をにこにことやる気があるようにこなしている振りをするのも限界ではある。できない、できる自信がないことを、そうだと言う勇気もない。ここまでやってこれてしまって、今さらできないと言って許されないと思う。だけどこれからどうしたらいいのかわからない。どうしたいのかもあんまりわかっていない。

 ただただもう昔には戻れないと知っている時点で、戻れないんだなと涙が出そうになることで、ひとりで噛み締めている。わたしは、大人になんてなりたくなかった。

 

 

:以前のお題期間にあがらなかったので追記してお焚き上げ

We may just be able to touch down on the star

 昨年の自粛期間になんの気なしに始めたあるゲームソフトに大ハマりし、未だに周回プレイをしている。ペルソナ5(派生作品含む)だ。

 派生作品すべてふくめて何度もエンディングを迎えていることになるが、毎度のことながら虚脱感がすごい。ひとえにプレイ時間のせいだけではないだろう。ここに備忘録をつけることにする。プレイ順と状況は以下の通り。

  • ペルソナ5(以下、無印):2周プレイ、トロフィー8割
  • ペルソナ5スクランブル(以下、S):2周プレイ、トロコン
  • ペルソナ5ロイヤル(以下、R):1周プレイ(現在2周目)トロコン、アワード9割

 アニメは途中まで観たが違和感がすごいので断念した。ダンシングスターナイトは未プレイ。

 

 以下、ペルソナ5関連作品すべてにおいてネタバレがあるため、これからプレイする方等、ご注意されたい。

 

雑観と今の印象

【無印】

 Rプレイ前は2周やっても3周目できるくらいおもしろい!だったが、Rをやった後だと、納期に間に合わないからとりあえずプロトタイプをリリースしました?という印象になってしまった。それくらいRは戦闘システムを中心に操作性がグレードアップされている。今から5やるよという方がいたら、無印でできることは全部Rでできるので、無印からプレイする必要はないですよと必ずアドバイスする。

 Rの瞬殺のような仕組みがないので、序盤〜中盤はメメントスでひたすらエンカウント待ちするのだが、前半は敵に物理反射持ちもあまりいないのでとりあえず物理で殴るだけで、BGMもずっと一緒なので、申し訳ないながら、消音にしてまったく関係ない配信を聴きながらレベリングしていた。2周目終盤は、ひたすら花粉注意報のときに刈り取るものを絶望させて…しか勝たん。

 ペルソナシリーズの歴史がペルソナ4(無印)で止まっているわたしにとって、グラフィックや音楽含めクオリティやバランスが劇的な進化を遂げていることに心底驚いた。そして尋問のシーンから回送として4月から開始させるという刑事コロンボ方式も個人的に好きだし、わたしの普段の生活圏内である東京が舞台というのものめり込めたひとつの装置だったと思う。やっぱりアトラス作品だし一回は東京は危機に瀕しとかないとね。

 

【S】

 無印の続編で、怪盗団が日本一周してひと夏を楽しく過ごすだけの楽しい約40時間。あくまで無印のスピンオフという立ち位置なので、Rしかプレイしていないユーザには違和感があるようで、無印やっといてよかったのはこの点か。全編通して無印やRほど重厚なストーリーではないので、心穏やかに楽しめるところが一番の長所。自粛期間中だったので、小旅行に行けたような気持ちになれたのもポイント。

 無印でキャパオーバーで掘り下げられなかった春や祐介のパーソナリティがより深く理解できたというか、敵キャラに共感することでまた自分にも向き合い、それを乗り越えていくという構図にペルソナの系譜を感じた。またソフィア、善吉、一ノ瀬も非常にいいキャラクターで、特にソフィアと善吉はP5派生作品通して5本の指に入るくらい好きになってしまった。善吉が各キャラを「佐倉」や「新島」など苗字呼び捨てで呼ぶのが、個人的には非常〜〜〜〜〜〜〜〜に好き。ほんとうにSだけの登場が心底もったいない。

 トロコン難易度は全体的にそこそこでありつつ、一番の難関は言わずもがなBANDコンプだと思うが、EASYでアリスのエイガオン→1more→エイガオン→1more→エイガオン→1more→エイガオン→総攻撃の繰り返しでメタトロンを倒しまくる作戦で決行。20時間以上かかったがなんとか達成した。途中からは、こんなに何度も召喚されては倒されるメタトロンってどんな気持ちなんだろう…と心が痛くなることもあったが、トロコンのためだから仕方ないね。

 ところで無印からずっと気になっているのだが、BANDといい無印ないしはRでのジョーカー殺害作戦の解説のときといい、この絵を描いているのは誰なんだろう?本編で鴨志田への予告状書いたのが竜司で、それ以外に絵を描いているイメージが祐介以外にいないので、竜司だろうか。攻略本等関連書籍を購入していないので、そのあたりに言及されているのだろうか。

 

【R】

 バトルの楽しさが4割増し。バトンタッチがより効果的になるシステムで、それによって倒すべきボス戦が多いのは、この作品の真ん中を通る軸に通ずる部分だと思う。そして「瞬殺」の有用さ。

 ダンジョンは無印よりこなしやすくなったが、イシ探しが加わったのでボリュームは逆に増えたように感じる。操作性は快適だし全書の引き継ぎがあるといえ、周回がまあまあしんどい。

 しかしシリーズすべてにおいてすごくいい音楽が、さらなる名曲をひっさげてやってきたのでたまげた。colors flying highなんて、OPに応援歌っていうセンスには脱帽せざるをえない、しかもめちゃくちゃいい曲。そして3学期関連の曲はどれもせつない。初見突入時にI believeがながれたときは、あまりにおあつらえ向きすぎて、最初しばらく聴き入って動けなかった。また、メメントスの3学期エリアのBGMが今までの総復習のような作りになっていて、ほんとうによくできてんな〜という感想。

 明智については、コープが任意になった代わりに彼を理解するイベントが作られたことで、明智像に厚みが出て、無印ではあまり興味がなかった彼に対して、3学期を得てようやく「こいつも根っからの悪いやつじゃなかったんだよな」と思うことができた。ファンの方に失礼ではあるが、無印の展開だといまいち共感できないありがちな悪役としか思えなかったのは、わたしの洞察力が甘いだけだろうか。

 3学期のよかった点はもうふたつある。ひとつは、マルキパレスに挑むとき、彼らははじめて、世直しではなく自らの正義のために戦うと宣言する。これ、聖杯戦もそうだったのでは?とは思いつつ、人から求められたことではない、自分たちの意志を貫くための戦いをする。「反逆の意思」というのが作中キーワード的に何度も登場するが、一番しっくりくるのはこのときだ。からの「I believe」はシビれましたわ。

 ふたつめは、芳澤すみれのコープだ。彼女がRにとってキーキャラであるのはメインビジュアルや作中での扱いをみても明らかだが、個人的に好ましかったのは、女性キャラのコープではLv9のあたりで恋人になるかならないかの選択肢があるが、女性のほうから明確に告白してきてくれるのはすみれだけだ。ヒーローが彼女にとって一対一で支えてくれた特別な存在であるのはその通りだし、劇中でもかなりピックアップして描かれているが、他の女性キャラについてもコープにおいて支える描写が描かれている。そこに大差はないように思うが、それでもそれを受けて好意をしっかり伝えてくれるキャラは芳澤しかおらず、他キャラはヒーローからの言葉を待つ姿勢だった。男を立ててくれているといえばいいのか。しかしなんだか、トータルして芳澤の潔さが圧倒的に勝った印象だ。結局、もらった本命チョコは芳澤の一個のみだ。

 と、ここまでつらつら書いたが、この物語の肝心な点は、結局丸喜の話に集約されると思う。

 

R:丸喜について

 丸喜とはなんだったのか?ひとことでいうと善人でしかない。不幸な善人で、諦めが悪い。この3要素が揃わなければこうなることもなかっただろうに。

 コープレベルをあげるごとに彼の思想に肉付けがされていく。それはヒーローの手助けの甲斐あったことに他ならず、Maxになると最終的には現実を捻じ曲げ、全員の「こうだったらよかったのに」をバチバチに叶えてしまう。善意だけで。

 「これは現実じゃない」と立ち向かうヒーローには、そりゃ彼の正義を貫く意味ももちろんあっただろう。しかし、コープがMaxにならなければ3学期の展開にならないことから、大きな動機の大半は丸喜への責任感だと思う。自分が与えた気づきが現実をねじ曲げ、ないはずだった現実をあると認知させる、大衆のゆるやかで幸福な脳死。それを享受する仲間のようすはメメントス最深部の囚人たちそのままであり、これが正しいわけがない、と立ち向かうのだが、ヒーローのようにブレない人間ばかりじゃない。逃げてもいいのはわかっている、でもだからこうなった、どうしたらいい、そんな思考の繰り返しだったのではないかと思う。このあたりの演出は、ギリギリと胸が締めつけられた。BGMが「So Happy World」というのもなかなか皮肉がきいていてしびれた。

 ヒーローと丸喜はビジュアルからも共通点があり、内心を共有する場面も多いので、思考のもとになる、立っている場所に大きな違いはないのかもしれないが、向いている方向は真逆だ。

 ヒーローは人のために自分を使うが、自分を粗末にはしない。いつだって勝てるように考え、一番効果的な場面で自分を使う。それが周りのためでもあることを理解している。

 丸喜は自己を犠牲にしてでも人に尽くす。たとえそれが無駄になっても、勝つことに意味があるのではなく過程が大切。

 思想が違う。どちらがよいということでもなく、どちらも多種多様な正義のうちのひとつでしかない。でも正義が世界を変えるので、結局戦わなきゃいけない。ラスボスが自己犠牲系カウンセリングおじさんとか、ほんとうにしてやられた。あらかじめネタバレをみていたので、1周目丸喜を倒しに行く時はバチバチに殴り倒す気で行ったが、いざ戦うとなると非常にしんどく、終わった後の虚脱感が壮絶だった。

 で、このおじさん、結局なにがしたかったの?はい、人助けです!イカれてますね。

 ちなみに、3学期は常に不穏な気持ちでこなすことになるのだが、1/1の夢の中の秀尽で蝶を追いかけるシーンが圧倒的に怖い。そしてまた、怖いのは、丸喜の作った現実受け入れEDも選択してみると、丸喜コープのBGMアレンジ版が流れ、聴いていないはずの「I believe」がクレジットに書かれているということ…

 

総括

 結局シリーズ計で400時間超プレイしたことになるが、時間をかけてプレイしてよかった。大変に楽しませていただきました。ひとつ心残りは、「豪血寺一族」がどうしてもクリアできなかったこと(3回目が鬼門すぎる)。

 善吉がSにしか出てこないのと、芳澤がRにしか出てこないのがもったいないので、ぜひP5RSもお願いしたい。で、どこかの都市で丸喜と再会……とかいかがでしょう。

 

シリーズMVP

【無印】新島真

ストーリー面でも性能面でも最後までお世話になりました。

顔グラは無印のほうが好き。Rはちょっと童顔に寄ったね。

【S】ソフィア・善吉

ソフィアのパンドラ覚醒は何回観ても鳥肌がエグい。大阪での通販利用時の「まいど、おおきに」が好き。

善吉は結局お人好し。京都ジェイルでの走り方がガチ運動音痴のそれでやたらリアルで毎回笑う。

【R】丸喜

彼のために目黒大明神があつらえた曲ではあるが、Throw away your maskがちょっとシャレにならないレベルであまりに似合いすぎる。

【全体】ヒーロー(主人公)

ビジュアルの点でも一強でした。

一貫して気の毒だったわけだが、10股したから仕方ないね。

今日も愛していたよ

今週のお題「2020年上半期」

 

 今年の始め、上司から「今年の目標は?」と聞かれた。仕事のことでなにか適当に答えたと思うが、覚えていない。その後、同じ課の先輩に「で、ほんとうの目標は?」と聞かれたので、「彼氏を作ること」と正直に答えた。

 上半期も終わり。こんな状況でなくとも、この目標ははじめから、達成できなかっただろうな、と思う今日このごろだ。

 

 緊急事態宣言が明けて、5月半ばに久しぶりに美容院に行った。自粛中の話をしていたら、担当の美容師から「浅井さんのことだから、真面目に自粛してたんでしょ(笑)」と言われた。笑われるようなことなのか、あまりよくわからなかったが、真面目に自粛していたのは事実なので特に否定もしなかった。

 24時間監視してもらってかまわないくらい、ほんとうに真面目に自粛していた。それは今も同じだ。家にいて配信を観たり、ゲームしたり、映画を観たり。かねて組んであった飲み会やランチの予定は、ことごとく断っている。売上げが伸び悩む飲食店や、予約してくれた友人にはほんとうに申し訳ない。それでも、罹患するリスクを減らせるだけ減らすとなると、密になりかねない場所にそもそも行かないというのが一番効果的な対策なのは自明の理だろう。

 こんなことを言ってると一生どこも行けないのでは、と思う。そうかもしれない。自粛したからといって、感染させるリスクは低減できても、出勤で3密の電車に乗っている以上、罹患しない保証は、当然ながらない。自粛したところで誰も褒めてはくれないし。都民ではないので、不要不急の外出だって、別に控えろとは言われていないし、比較的安全に外出する方法だって、考えてみたらあるのかもしれない。

 

 それでも、まったくその気にならない。むしろ、罹患しないように躍起にさえなっている。

 なぜだろうか。自分でもはじめはわけがわからず、罹患するのが怖いからと思ってやっていたが、何ヶ月も自分を冷静に見つめ直して、だんだんと腑に落ちてきたことがある。

 

 わたし自身、深刻になるほど仕事や給与に困ってはいないが、職場ではそんなに必要とされていない。そこまで職場に貢献していないし、必要とされるような仕事を任されていない。職場は仕事をしに行く場所なので、会社にとってあまり必要な人材ではないのだろう。罹患してもせいぜい、業務が多少滞ってお荷物扱いされるくらいだと思う。それが正当だと思うので、あまり悲しくもない。

 趣味や娯楽は山ほどあるが、そもそも他人に理解されたいという気持ちがあまりない。自分が好きなものは自分が好きでさえいればいいし、考えていることは自分の中で明確であればいい。同じ情熱で共感してもらえなかったときの地獄を考えたら、最初から理解しようとされないほうがいい。

 彼氏は欲しいが、愛されるよりも愛したいので、好きになっていただいても応えることができないケースが多い。好きになったらなったで、相手はたいがいわたしのような中身のない人間に興味がない。興味がないのが、「そりゃそうだよね」と腑に落ちて、さらに好きになる。理解されるかどうかは関係がない。

 総括すると、無能なうえに自己完結しているので、ひとりで生きていくべきなのだが、そんなことできるのだろうか。おそらくこの先変わらないだろう給与も、変わっていく世の中や周りの人間関係も、どれも受け入れて、それでもひとりで生きていく自信がない。

 

 だから、大変無根拠なことに、この禍を罹患せずひとりで乗り越えることができたら、ほんとうの意味で、ひとりで生きていく自信がつくのではないか? と思っている。

 「彼氏を作る」なんて言ってみたものの、よくよく考えたら土台無理だった。諦められない自分を口に出したことで自覚しただけだった。そんな素質がはじめからないのに、半分冗談にしてもキツいやつだった。

 諦めることにはいつだって、心が焦げついて、内臓がひっくり返って、全身がむせび泣くようなしんどさがある。だが冷静になって、人がいてくれることをちゃんと諦めて、ひとりで大丈夫だと信じられるようになったら、それはたぶん、この先ひとりで生きていくための自信になる。だから躍起になってでも、この禍を乗り越えないといけない。誰もわたしを支える義務がなく、わたしはひとりでいるしかないのだ。

 

 だからどうかわたしになにごともなく、この禍が収束するように、黙って静かに過ごしたい。半年前、未来がこうなると思わなかったように、下半期になすべきことなんていまはよくわからない。でも自分を守ることもしなくなったら、最後は死ぬしかない。

 かわいそうだと思っていただいてかまわない。だからいまは静かに、好きなように諦める準備だけしていたい。

何ひとつ変わってはならないのさ

今週のお題「カメラロールから1枚」

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 2018年12月、大学時代の友人が結婚した。

 彼女とは1年の頃の第二外国語のクラスが同じで、はじめは特に交流がなかったのだが、当時オタク活動も活発でアニメも熱心に観ていたわたしは、同族の気配には敏感だったので、とある日にたまたま知り合ったときの会話は、たぶんこんな感じだった。

 

友人「いまマクロスってアニメやってるんだけど…あっ知らない、よね…」

自分「し、知ってる…!」

友人「銀魂とか好きなんだけど…!」

自分「わたしも好き…!」

 

 彼女とわたしを含め、5人のメンバーでなにかと飲みに行ったり遊びに行ったりしていた。さすがに人が5人も揃えば、誰かしら服装や性格や被りそうなものだが、それどころか趣味やお金の使い方、バイト、考え方、ほとんど被っていなかった。入っている部活も住んでいる場所も私生活も異なっていたのに、それでもなんとなくウマがあって、居心地がよかったので一緒にいた。

 うち3人はわたしも含めオタクだったが、ジャンルは被ったり被らなかったりで、お互いの趣味嗜好を晒しあいながら、一緒にイベントに行ったり、授業終わりにサイゼリヤで日がな一日喋ったり、それでも飽き足らず、時間もまったく足りなかった。

 社会人になって久しい今、職場や居所もあい変わらずまったく違うが、なにかがあればLINEをするし、時間を作って会う。そんな関係がゆるやかに続いていて、中高からの友人が少ないわたしにとっては非常に貴重な気のおけない存在だ。

 

 その中でも彼女は、わたしが今までこの四半世紀と余年の短い人生の中で出会った中で、誰よりも一番お人好しだ。圧倒的に。

 基本的に性善説で人を疑わず、どんな相手でもまず話を聞いて知ろうとするし、美点凝視する。決して無闇に否定をしないし、人のことを悪く言わない。相手に気を遣いすぎて、自分が損しても文句を言わないどころか、「でもきっと事情があったんだよ」とフォローする。そんなわけない、と思うことも多々あるし口に出すが、彼女は苦笑いするだけで考えを曲げることはない。良すぎるくらい、人が良い。それはただ気が弱いのだはなく、彼女の信念の一つなのだ。

 自分より先に人の心配をするタイプだ。自分だってストレスや言いたいことが溜まっているだろうに、他の人の話を聞くことを優先する。だからくだらない話に散々付き合わせてしまったあげく、「わたし、結婚することになった…!」と終電間際の帰り道で報告させてしまったりもした。申し訳なさと感動で泣いた。

 彼女がいてくれたから、悩んだことや不満に思ったことがあっても、わたしは内心どこかでいつも安心していて、そのおかげで救われた部分が相当ある。だからこそ、普段は控えめな彼女から、なにかいいことがあったときの前のめりの「ちょっと! 聞いてくださいよ!」の出だしの一言があると嬉しく、いつもわくわくしてしまう。

 

 その日、結婚式に参列して、彼女の推しのイメージカラーと同じ色のカラードレス姿をみたとき、こんなお人好しだが信念を貫く彼女に、それを悪いようにしない、必要以上の無理をさせない夫ができてよかった、と思った。それと同時に、わたしは彼女に一回でもなにか助けたり、支えになれたことがあったんだろうか、と考えると、答えがわからず涙が止まらなかった。

 式後は、1人海外勤務の友人がいたため5人全員が集まることはできなかったが、集まったメンバーで式のことやら思い出やらを話して、海外にいる友人に写真を送り、安居酒屋で浴びるように飲んだくれた。こんなにすがすがしく嬉しい気持ちは、たぶん人生で何回もない。友人が泊まっていたホテルの部屋から思わず撮った夜景が、月並みだがきれいだった。都内だからじゃない。この先も忘れないと思う。

 

 そんな彼女も先日子供が生まれ、めでたく母となった。写真を送り、名前を教えてくれた。一文字だけわたしの本名と同じ字が使われていて、自意識過剰とはわかりつつ、背筋の伸びる思いがした。

 この先なにがあっても、わたしは彼女を尊敬するし、味方でいる。誰かを敵に回すようなタイプではないが。なにかたいそうなことをしてあげる、とわたしがいうのは大変おこがましいので、少しでも恩返しができるよう、彼女が喜ぶことを、可能な限りたくさんしたい。

 まずはコロナの収束だが、これからの人生、彼女とご家族にいいことしかないよう、祈るだけだ。